宮崎その1
5月19日から22日まで、宮崎に行き、調査研究していました。今回は、合せて宮崎に住む旧友にも会ってきました。19日午後に仙台発のANA便で、伊丹を経由して宮崎までのフライトでした。前回の出雲の例もありましたので、万一にフライトが欠航になったら、宮崎に行く代替手段はありませんでしたが、幸い何事もなく、仙台からANA便に乗り、全国的に気温が高いせいか、上空は高湿度で霞がかかったような天候で、富士山も水墨画のようになっているのも見ながら、無事に伊丹に到着して、さらに乗り換えて、淡路島、明石大橋を見て、下に四国を通過しながら、高知の海岸、そして北側にはたぶん伊予半島が見えるフライトで、宮崎に夕方到着しました。宮崎は飛行機を降りたら曇りでしたが、気温は26度くらいで湿度も高いせいか、5月にもかかわらず南国の気候を感じました。空港からはJR九州の電車が出ているようなので、それで宮崎駅まで行こうと、ホームに行ったらすぐ目にしたのが、ゴッツい顔をした特急ひょうがの車両。JR東日本ではまずお目にかかれない? ただし、それではなく普通列車に乗りました。でも、こちらも、ちょっとお目にかかれないような真っ赤な車両で、でも私はおひさまマークが気に入りました。



列車からの車窓は、もはや南国といった感じで、至る所に背の高い、10mくらいもあるパームツリーが立っていました。20分くらいで宮崎駅に到着しました。宿泊先はいつものドーミーインですが、駅から少し離れているので、駅前からバスに乗ってホテルに向かいました。道路の中央分離帯にも背の高いパームツリーが延々と続いていて、季節柄、長袖にしようか迷っていたのは、北国から来た私の大いなる勘違いでした。やはり、半袖を着る南国でした。ホテルに着いたのが夜の6時前くらいだったので、早速、夕食を食べようとホテルの周辺をウロチョロしながら、とあるお店に入って食べました。ただ、その手の話を書いていると、本当に調査研究に行ったのか、と疑われそうなので、ご想像にお任せする程度にしておきます。
さて、例によって、宮崎に行くに当たり、予習しました。千田稔先生が書かれた、「高千穂幻想 ~「国家」を背負った風景~(PHP研究所)」を読ませていただきました。出雲のときの村井先生と同じく、国際日本文化研究センターの教授を歴任された歴史地理学が専門の先生です。本のタイトルが気になり、これを読んでみたら、なるほどという、知らなかった事実?事情?を知ることになりました。邇邇藝命(ニニギノミコト)が日向の高千穂に天孫降臨したと古事記には記されており、その高千穂が九州にあるというのは、ほぼ共通の認識でしょう。でも、九州には高千穂と名の付くところが複数あり、何故だろうと私ながらに不思議に思っていました。ところが、天孫降臨した高千穂はこちらの県にあると、宮崎県と鹿児島県の間で論争しているということが本には書かれていました。鹿児島県では、霧島連峰にある高千穂峰がそこだと主張しているのに対して、宮崎県では日向市の西にある高千穂峡がそこだと。これは参ったという予備知識を得て宮崎入りしました。北国から来た私にとっては、高千穂は九州にある、というだけで十分なのですが、地元の人にそう言うと怒られそうです。
幸い、どちらも今回の調査研究で行くのには時間がかかりそうですし、そんなに予備知識を持っているわけではありませんので、この論争については触れないことにして、「天孫降臨した高千穂」に関連した由緒あるところを調査することにしました。2日目には、旧友とひさしぶりに会い、協力も得て、旧友の車で終日、各地を巡ることができました。それについては、また書きます。

