トラベル巨石文明日記縄文文明

出雲その1

 4月21日から3泊4日の日程で、出雲まで調査研究に出向いていました。何を調査? 日本の科学技術の原点を探索して、また日本人はどのようにして器用になっていたのかを知るために、縄文ならびに弥生時代を象徴する日本の各地に実際に行ってフィールドワークする調査研究です。このような考古学的研究は文系が中心になって実施されていますが、私は理系の視点を交えて探求してみたいと思っています。幸い、現役中に企業からいただいた奨学寄付金がまだ残っているので、これまでの研究テーマとはほとんど関係ありませんが、まさに新たな「文理融合研究」を始めました。まあ、このように書くと聞こえはいいですが、あとは想像にお任せします。これから当分の間、月1くらいのペースで調査研究に行くことにしています。そもそも、何がまとめられるかは、行ってみないとわかりませんので。先に書いたアラハバキ神や磐座ももちろん関係しています。

 4月21日に羽田から空路で出雲に向かうため、仙台から東北新幹線に乗り、東京に向かいました。ただ出発前に、全国の空港官制システムがトラブルで、朝からすべての空港でフライトが停止しているという、嫌な情報が入ってきました。幸い、フライトは午後だったので、それまでには回復するだろうという楽観的観測で、とりあえず、東北新幹線で東京まで行き、浜松町からモノレールに乗って、羽田空港に到着しました。そして、出発ロビーにある出発便のパネルを見たら、みんな「欠航」。出発ロビーはどうしていいかわからない乗客で大混雑状態でした。はて、これはどうしたらいいものか。昨日は、三陸沖地震のため、東北新幹線は止まっていましたが、幸い、今日は動いているのでよかったと思ったのはつかの間、まさか空路で欠航になるとは思ってもいませんでした。でも、それが旅行なのかもしれません。トラブルは付きものです。それとも、これから行く出雲の大国主神からの試練だったりして?

 空港にいてもフライトの再開は絶望的だったので、旅行を取りやめるかとも最初は思ったのですが、幸い、羽田空港に着いたのはフライト時間の2時間前の13時頃で、もしかして、陸路で行けるのではないかとネットで調べたら、東海道新幹線・山陽新幹線に乗って、岡山で出雲行きの特急やくもに乗れば、遅くはなるが今日中に到着できることがわかりました。そこで急遽モノレールで引き返して、東京駅でキップを買い、3時間半ほど岡山まで新幹線に乗り、その後、特急やくもにまた3時間以上乗って、やっと出雲に着いたのは夜中の9時半でした。でも、無事到着できて、旅行をキャンセルせずに済みました。飛行機なら1時間20分くらいで行けるところを、約7時間掛けて移動したこともあり、本番前にくたびれ果ててしまいました。

 出雲に調査研究に行くために、前週には予習もしています。国際日本文化研究センター教授だった村井康彦先生が執筆された、「出雲と大和-古代国家の原像をたずねて (岩波新書) 」を読みました。大胆な仮説(京都学派の説?)が書かれた書籍でしたが、かなり説得力のある内容でした。端的に言えば、大和の地は神武天皇の建国以前に、出雲の王国の一つが支配していたというものです。さらにはその一つが邪馬台国であったと書かれていました。さすがに邪馬台国まで私の思考は回りませんが、大国主神が統治していた時代背景を知る一つの重要な視点を得ることができました。古事記に書かれていた国譲りとは? どうして大和にある三輪山に大物主神(大国主神と同一神)が祀られているのか? 辺りも深く関係しているようです。村井先生の著書によれば、国を譲ったのは、あくまで大和の地であり、出雲は譲っていないとのこと。高さ48mもあったとされる出雲大社が建っていたわけですから、私もそう思うようになりました。天皇が出雲大社には足を踏み入れることができないのも納得します。

 出雲といえば、まずは出雲大社ですから、翌日の朝から参拝しましたが、前置きが長くなってしまったので、また改めて書きます。