トラベル日記縄文文明

しゃこちゃん

 先週、八戸の出張ついでに、1日プラスして、駅舎が遮光器土偶になっていると話題になっている、JR五能線の木造駅まで調査?に行ってきました。本八戸からですと、東北新幹線で新青森駅まで行き、奥羽本線に乗り換えて、川部という駅で、五能線に乗り換えて、トータル3時間くらい掛りますが、木造駅に到着します。早速改札を出て、駅舎の外に出て振り返ったら、まあなんと、思わず吹き出しそうになるくらいユニークな駅舎で、私的には大好きです。

 元になっている遮光器土偶は、この駅から海岸方向に結構離れたところにある、亀ヶ岡遺跡で発掘されたもので、実物は現在、上野の東京国立博物韓にありますが、そのレプリカが、近くにある、つがる市縄文住居展示資料館カルコ、というところにあるようなので、そちらに向かいました。実は、ここのレプリカと同じかどうかはわかりませんが、実物のレプリカはすでに、東北歴史博物館で開催されていた「世界遺産 縄文」展で見ていました。この遮光器土偶は、全体的には他の遺跡で発掘されたものとほぼ同じズングリ体型ドングリ目玉ですが、片足だけのところが特徴です。それが、欠けたのか、最初からなのかはよく調べていません。

 15分ほど歩いたら、カルコまで到着しました。このカルコ(CALCO)は、「Kamegaoka Archaeology Life COllection(亀ヶ岡考古・生活資料)」の略称だそうで、てっきり、遮光器土偶のニックネームかと思っていたのですが、これとは別に、「しゃこちゃん」というニックネームが付いていました。こちらの方が、愛嬌があって観光客受けしそうです。建物の写真を撮るのを忘れてしまったのですが、入館料200円を支払って中に入りました。すると、いきなり最初の広い部屋の真ん中に、しゃこちゃんが鎮座していました。

 他にも同じ様なものがあるのかと、続けて見てみたのですが、どうも土偶はこれ一つしか展示されておらず、発掘されているのか、されなかったのかもわかりませんが、展示されていた遺物は、ほぼ土器でした。見た目、他遺跡で発掘された土器と特段の違いはなかったので、ここでは省略します。一方で、津軽周辺にはたくさんの縄文遺跡があると説明されたパネルがありました。掘ればどこでも出土しそうです。たくさん縄文人が暮らしていたことを証明しています。

 それほど、時間もかからず全体を見終わって、ちょうどお昼の時間になっていたので、外に出てお昼をどこかで食べたいと思ったら、カルコに併設して「華かるこ」というお店がありました。そこで、ソース焼きそばを食べてから、帰りの電車まで、まだ1時間以上時間があったので、いつものことながら、周りをぷらぷら歩きました。木造は東北の典型的な田舎町で、周りには田んぼがたくさんあって、ちょうど緑の絨毯を敷き詰めたようになっていました。それ以上に、やはり来て見て気が付いたのは、眼前に雄大な姿を見せている岩木山でした。ちょうど山頂から噴煙を上げているように入道雲が滞留していましたが、縄文人もこの山を毎日見ながら、遮光器土偶を使って、祭祀とかしていたのかもしれません。また、その時は噴火していたのかもしれません。ちなみに、岩木山はいまでも、活火山に指定されているようです(噴火警戒レベル1)。

 以前、会津若松に行った時も、磐梯山がそびえ立っていましたが、これら山が周りにどのような印象を与えていたかは、実際に行って見ると、なんとなく感じることができます。縄文時代をいろいろ想像しながら、歩いていたら、木造駅が見えてきて、しゃこちゃんも段々近づいて来て、もう少しと向かって歩いていたのですが、なんと、しゃこちゃんの目が、緑や赤に光っているではありませんか。思わず鳥肌が。そこまでしなくても...木造駅で電車を待っていたら来たので、来た路線を戻って、本八戸まで帰りました。