花火、芋煮、そしてサンマ
年に一度の運動会で盛り上がったことはすでに紹介しました。運動会後の反省会(実態は飲み会)の間には青葉山に救急車が待機していたこともお話ししました。いま学内で飲み会して救急車のお世話になったら懲戒ものです。これから紹介することは、いまやってはいけませんので念のため。その当時は、許されていた?か暗黙の了解があった?かのおかげでできたことです。
仙台の有名な行事といえば、仙台七夕です。毎年8月6日から3日間開催されます。その前日に前夜祭として花火が打ち上げることもご存じかと思います。広瀬川の中ノ瀬橋下の河原から打ち上げていました。当時の研究室があった建物の屋上からは花火が一望できるため、前夜祭の時には、浴衣を着た女性も含めてあまり見かけない人たちがたくさん屋上に集まっていました。当然、部外者ですが建物に平気で入ってきていたわけです。重ねて、研究室によっては、バーベキューの道具を屋上に持ち込み、焼き肉の煙を立てながら、ビールを飲んで、花火鑑賞していました。私の研究室もその1つでした。当時はごく当たり前の恒例行事だったのですが、現在は屋上に侵入すること自体禁止されています。
仙台のもう一つ代表的な行事として、秋に芋煮会があります。私も初めて見た時は異様な光景でした。広瀬川の牛越橋下の河原で、大勢のグループが大きな石を集めてその中で薪を焚べて、その上に大鍋を載せて芋煮をします。芋だけを煮るのではなく、山形風は牛肉、ネギ、こんにゃく、そして里芋を、砂糖、しょうゆ、お酒で味付けします。仙台風は、いわゆる豚汁ですね。私は山形風の方が好きです。それはともかくとして、場所が青葉山からは離れていますから、道具や具材を運ばなければなりません。そうしますと、誰かは車のドライバーを務めなければなりません。芋煮会にビールは付きものです。当時はノンアルコールビールはありませんでしたので、交通ルールを守っているグループのドライバーはウーロン茶とかになります。当然、私の研究室でも交通ルールは守っていました。芋煮会シーズンになると、牛越橋近くには車がたくさん駐車されるので、お巡りさんもいました。それで交通整理をしていました。ただ、ドライバーの飲酒もチェックしていたのかな?という雰囲気はなんとなく記憶にあります。研究室では毎年、芋煮会をしていますが、最近ではお巡りさんの取り締まりも厳しくなり、本当にちゃんと飲酒をチェックしています。いまでも毎年芋煮会をしますが、飲み物はすべてノンアルコールになってしまいました。
研究室の部屋で煙が出るような飲み会をしていたときもありました。今は届けなければならず、届けるとだめと言われます。要するに禁止ですね。煙が出ない飲み会はいまでもたまにこっそりとやっています。ずいぶん前になりますが、サンマを研究室で焼いていたことがあります。みんな部屋にいたので気が付かなかったのですが、どうもその煙が廊下に充満していたようです。速い足音が聞こえ、部屋のドアが急に開き、まさにすごい剣幕で怒鳴ろうとしている某先生が突然現れたわけですが、その後、急にトーンが変わり、「おいしそうですね」と。実は、私の先生であるD先生が焼いていたのでした。あの時は思わず、吹き出しそうになりました。いまサンマを焼いていたら火災警報器が作動してしまいますね。でも、某先生の研究室の方が結構な噂話は多く伝わってきていましたので、私の研究室はむしろおとなしい方です。自分の部屋で酒を飲んでいた教授も昔いましたけど。いけませんね、ここではよその研究室のことは書かないことにしておきます。