回想録隣人にその筋の人

隣人にその筋の人

 ドクターコース修了後、幸い大学で助手の職を得て一人暮らしを始めました(学生の時は二食賄い付きの下宿)。賃貸アパートを探していたところ、仙台では仙台駅をはさんで、表と裏では家賃が1万円違うことを知り、駅裏でアパートを探すことにしました。仙台駅の表と裏は、それぞれ西側と東側になります。いまは方角で呼ばれているのですが、昔は表と裏でした。それは、駅裏は戦後からあまり治安が良くない場所で、「その筋の人」の事務所などもありました。私はあまり気にしませんでしたので、仙台駅から歩いて5分程度のところにある、10階建てアパートの8階に部屋を借りることにしました。仙台駅からバスで職場まで通うのには、大変交通の便が良いところにあります。間取りは1DKです。引っ越し当日、荷物の搬入が終了して少し落ち着いた後に、引っ越し挨拶のため同じフロアの住民に挨拶回りをしました。ある部屋を訪れて挨拶をしようとしてチャイムを押したらば、中から酔って顔を真っ赤にした下着姿のおじさん?おっさん?が、「なんだー」ってな感じで出てきたので、少し尻込みしながらも、粗品を渡して挨拶をして、そそくさを戻りました。隣人の当たりはずれは来てみないとわかりませんが、その人以外は普通の方だったのかまったく記憶に残っていません。話は後日に続くのですが、出勤のためエレベーターに向かう途中で、そのおじさんの部屋の前を通らなければなりません。その方向に目をやると、誰か家の前にいます。近づいてみると、絵に描いたような白いエナメルの靴を履いて、レンズをやけに傾けたメガネ(ありますよね)をかけて、黒いスーツを着た、いかにも「その筋」の若い男性が立っているのです。向こうもこちらの存在に気が付いたようなので、さすがにここで引き返すとかえって怪しまれるかなと思い、神妙そうにすれ違いざま、「おはようございます」といったところ、低い声で、「おはようございます」と返事が帰ってきたではありませんか。その時の意外性はなかなかのものでした。その後思ったのですが、「その筋」の人たちも寝床にしているところでは、もめ事は起こしたくはないのか、やすらぎを必要としているのか、これまで間違ったイメージを持っていたかもしれないと実感しました。その後は何度かすれ違うことはありましたが、特に変わったことは記憶にありません。