トラベル日記

金刀比羅宮と高松

 名前だけは聞いたことがあるかもしれません。私も名前だけは知っていました。金毘羅山(こんぴらさん)というお山のことかと。先週、高松で学会があり、そのついでに金刀比羅(こんぴら)さんに行ってきました。金刀比羅さんは金刀比羅宮(ことひらぐう)という由緒ある神社でした。全国にある金刀比羅さんの総本山が、高松の隣の琴平町にある金刀比羅宮でした。山の斜面に造られており、本宮まで行くのに785段の階段を登らなければ行けません。結構傾斜のある階段です。さらにその上にある奥社まで行くには全1368段登らなければなりませんが、そちらに行くのは無理だと判断して、本宮まで途中々々、休憩しながら登りました。「ことでん」という電車で高松から琴平まで行くことができます。というよりは、琴電ですから、琴平から高松まで繋がった電車かと。

 マイブームから、ついつい自分の興味に繋げてしまうのですが、繋がりました。金刀比羅宮の本宮には、大物主神(おおものぬしのかみ)と崇徳天皇(すとくてんのう)が祀られています。そのうち、崇徳天皇については、とある謂れが言い伝えられていますが、ここでは省略します。興味のある方は調べてみてください。一方、大物主神は大国主神(おおくにぬしのかみ)と同一神であるとされています。大国主神は出雲大社に祀られている神さまです。古事記や日本書紀では、天照大御神の使者との交渉で、高天原(たかまがはら)まで届く高い建物を造ってくれたら、国を譲りますといって、国譲りして、それで建てたのが出雲大社だと謂われています。「だいこくさま」とも呼ばれています、ただし、七福神の大黒天とは別の神様です。因幡の白ウサギを助けた神様であるとも知られています。その同一神である大物主神が祀られていることを知りました。

 本宮でしか授けられていない、「幸福の黄色いお守り」として知られているらしいお守りを授かってきました。一つ、1000円です。興味深い話を聞いたのは、旧暦の10月(いまの11月)は神無月(かんなづき)と呼ばれ、日本中の八百万の神が出雲大社に集まります。それ以外の神社には神様がいなくなるので神無月と呼ばれます。一方、出雲大社ではその時は神在月(かみありづき)と呼ばれています。ところが、金刀比羅宮の神様は、出雲大社に出向くのが免除されて留守番しているとのことでした。祀られている神様が同じだからでしょうか?

 高松は初めて訪れました。気温は亜熱帯地方のようで、この時季なのに25度を超えていました。幸い、半袖を1枚持っていったので、金刀比羅宮には半袖で登りました。仙台とはまた雰囲気の違うところでしたが、結構都会でした。特に道やアーケードが仙台より広いという印象です。讃岐うどんのお店もたくさんありました。また、毎日食べていました。ただし、食レポは省略します。ご多分にもれず、外国人観光客もたくさんいて、たぶん、小豆島などの島巡りをしているのだろうと思っていました。ところが、これも聞いた話ですが、四国はお遍路さんでも有名ですが、いまお遍路さんの9割が外国人だそうです。これには驚きました。日本人のお遍路さんが減ったというよりは、外国人の観光客によりお遍路さんが10倍に増えたということでしょうか。時間もかかりそうですし、いまのところ、私もという気持ちは皆無です。

 高松は瀬戸内に面しており、高松城がまさに海を砦にして造られていたようです。いまは城跡だけが残っていました。JR高松駅の近くに埠頭があり、そこから瀬戸内の島々にフェリーで向かうことができます。高速船を使えば、小豆島まで35分で行けることを知りました。フェリー乗り場の西側に、長い波止場があり、その先端に、ガラスでできた赤い灯台があるというので、歩いて行ってみました。波止場には釣り人が数人いました。自転車でやって来て、釣りをしているようです。仙台ではまず見れない光景です。家から自転車でふらっと波止場まで来て、波静かな瀬戸内で釣りをする。正直、うらやましいと思いました。もし、高松に住んでいたら、老後は釣りが趣味になっていたかもと思いながら、帰りました。