秋田内陸線
伊勢堂岱遺跡の見学を終えて、縄文小ヶ田駅に戻り、乗り継ぎ駅である阿仁合駅まで、今度は緑色の車両の「秋田内陸線」に乗りました。これを書く前にネットで情報収集している際に、「秋田内陸縦貫鉄道」というのは、会社名であることを知り、「鷹ノ巣駅」は「鷹巣駅」が正式名で、この鷹巣駅から、阿仁合駅を経由して角館まで繋がっている路線は、「秋田内陸線」ということを初めて知りました。鉄ちゃんにバカにされそうですが、別に鉄ちゃんになるつもりはありません。車両内の乗客は縄文小ヶ田駅まで乗った車両よりも少なかったです。秋田内陸線に乗った印象は、五能線が海岸が走る電車だとすれば、秋田内陸線は山中を走る電車といったところでしょうか。特に、杉の大木が延々と続く中を走り続け、それが開けると周りは田んぼ、その先に杉の巨木で覆われた小高い山が連なっていました。


1時間くらい乗ったところで、阿仁合駅に着きました。計画段階での情報収集では、何もないところ、といった感じで、唯一、駅には食堂があるようなので、乗り継ぎ時間が1時間半以上ありましたから、そこで食事でもしようと思い、食堂に向かったら、「定休日」でした。そりゃそうか、お盆休みだったと理解しました。幸い、売店が開いていたので、何か食べれそうな物があるか探したところ、ドーナッツのような物が売っていたので、3つほど買って、駅舎の2階に待合室があるようなので、そこに上がっていったところ、結構広いスペースの眺めの良い窓側のテーブルが空いていたので、そこに座って食べました。空いていたというよりは、他にいたのは一人だけでした。さて、待ち合わせの時間が長すぎて何をするか困っていましたが、ドーナッツも食べ終わったので、いつものことですが、駅の外をプラプラ散歩することにしました。
駅舎を出たところに絵地図のパネルが2枚立っていたので近づいてみたところ、1枚は町の絵地図でしたが、もう一枚は、「マタギの里へようこそ」、と書かれたパネルでした。たしかに伊勢堂岱遺跡では熊が出没していましたので、マタギもいるだろうと思いながら、町のメインストリートの方に向かいました。



お盆休みですから、通りには人はほとんどいませんし、お店らしきところも皆閉まっていました。歩いていたら、ふと右側に「異人館伝承館」という看板を見つけました。これは田舎によくある怪しい館かなと思いながら、周りの見渡していたら、通りの柱には、「阿仁銀山」と表示がありました。その時、そういえば、秋田には鉱山がたくさんあることを思い出しました。「縄文のふるさと日高見国」を書くために調べた日本の鉱床分布では、秋田の山奥に金銀銅の鉱床が多数分布しているのを把握していました。阿仁はその一つであることを理解しました。金銀あるところに外国人ありではないですが、阿仁銀山に目を付けた外国人が暮らしていたのでしょう。異人館伝承館と書かれたパネルには、ドイツ人鉱山技師の宿舎があったと書かれています。そもそも、秋田内陸線も、もともとは阿仁銀山で産出された鉱石を運搬するために造られた鉄道であることがわかりました。こんな山奥に、長くて立派なトンネルも掘られて鉄道が造られた、その理由がよくわかりました。


プラプラ散歩しなければ知らずに通過していたところですが、近くには阿仁川が流れており、川の向こう岸にある山には杉の巨木が大量にそびえ立った、手つかずの自然が残っている元鉱山町でした。これが見れただけでも、阿仁合駅で乗り継ぎの待合をした甲斐もあったかと思います。


乗り継ぎ電車の発車時間が近づいてきたので、角館行きの車両に乗り込みました。今度は結構混んでいました。私が乗った電車の次の電車で阿仁合駅に来た乗客が、そのまま乗り継いだようです。みなさんどこに行くのかと思いながら、電車に乗っていましたが、途中ある「阿仁マタギ」という駅でたくさん降りました。マタギの宿に泊まってマタギ料理でも食べるのでしょう。角館に着いたので、こまちに乗り換えて、秋田に帰りました。ところで、こまちで秋田に行った人は不思議に思うだろうことは、大曲駅で進行方向が逆になります。スイッチバックします。前向きで乗っていた電車が後ろ向きに変わります。配線の都合らしいですが、もう少しお金を掛けて造れなかったのかと思いつつ、それをむしろ楽しみにしている鉄ちゃんもいるのかなとか、とにかく私には不思議に思えて仕方ありません。いずれにせよ、ほぼ計画通り、秋田に戻ることができました。
またまた話が長くなってしまったので、最終日のことはまた書きます。