無意識
無意識に歩いていたら、穴にけつまずいて捻挫した。無意識にポテチを喰っていたら、袋が空になった。無意識に話を聞いていたら、いつの間にか終わってた。などなど、無意識に行動していることはありませんか? 逆に、免許取り立てのドライバーは周りを必要以上に、意識してしまう。彼女が好きだと思うと、自然に話できないくらい、意識してしまう。ドレミを意識しながらピアノを弾いても、なかなか上達しない。などなど。意識、無意識の世界ではいろんなことが起こります。人生、意識しながら生きないと、いつ何時、上から鉄筋が落下するか、車に跳ねられるか、わからない世の中です。ですから、意識することは生きる上で大切です。でも、朝起きてから寝るまで常に意識していたら、寝る頃にはもうくたくたになります。よく寝れるかもしれませんが、そもそもそれは不可能でしょう。歩くときに、一歩一歩意識していたら、全然前に進みません。食事の時に、一箸一箸意識していたら、いつまで経っても食べ終わらない。すれ違う人を1人1人意識していたら、逆に変な人だと思われてしまう、など。
人間の生活においては、たぶん一日の90%以上の時間は無意識に過ごしています。まず、寝ているときはもちろん無意識です。日常生活は慣れれば慣れるほど、無意識に行動するようになります。いわゆるルーティン化した状態です。たとえば、お風呂で体を洗っているとき、すべてのプロセスがルーティン化していませんか?私も何か考えごとをしながらお風呂に入っていると、気が付いたら一連のプロセスがすべて終わっていることがよくあります。まさに無意識状態で体を洗っています。何事も初めは初心者です。一つ一つを意識しながらやらないと先に進みません。でも、それを繰り返しているうちに、段々慣れてきて、ルーティン化して、余裕が出てきて、いずれ無意識にできるようになります。プロの音楽家がそうであり、巧と呼ばれる職人などもそうです。それだけでなく、自動車のドライバー、単純作業の労働者も、慣れてくれば、無意識に車を運転したり、物を組み立てられるようになります。
これらの違いには、脳の構造に起因しています。人間は、本能を司る小脳・脳幹だけでなく、大脳が発達しました。意識するというプロセスは大脳が司っています。したがって、意識するプロセスが無意識へ移行するということは、大脳から小脳にプロセスが移行することになります。人間以外で大脳が発達した生物は多くありません。地球の生態系における生物のほとんどは、高々小脳程度の脳機能により生きています。本能的にもしくは無意識に行動しているはずです。でも、哺乳類ならいざ知らず、爬虫類や鳥や昆虫の行動が本当に無意識なのか不思議に思ったことはありませんか? たとえば、うぐいすはどうしてみんなホーホケキョと鳴くことができるのか? 鮭はどうして生まれた川に産卵のため戻って来るのか?蜘蛛はどうしてあんな幾何学的な模様の巣が作れるのか?セミはどうして7年後に地上に這い上がって来るのか?キアゲハはどうしてスダチの木にだけ卵を産み付けるのか?私の身の回りでも、数えきれないほど不思議なことが起きているような。と思っているのは私だけでしょうか?
無意識の世界が意識しても理解できないにもかかわらず、どうしてそんなに秩序あることができるのか?これはたぶん遺伝子に組み込まれているからだろうと考えるでしょう。でも、それでもよく理解できないことが、私の身の回りでは最近起きています。それは、夜中寝ているときにふと目が覚めて、枕元の時計を見ると、数字がぞろ目になっています。偶然だろうと思いますが、それがほぼ毎日です(今朝はなんと4:44)。3ケタはさすがに毎日ではありませんが、下二桁ぞろ目はほぼ毎日です。たしかに確率的には10分の1です。でも不思議なのは意識して時計を見た時には決してぞろ目にはなりません。寝ぼけながら見た時、何気に見たときだけそうなります。最近ふと思ったのは、誰かがぞろ目の時に私を起こしているのか?というちょっとスピリッチュアルなことですが、変ですか?そろそろ、お呼びが近いと思われました?それとも、何かボケ始めたと思われた? でもでも、あり得ないと思っていることでも、単に人間が理解できないだけなのではと、思うことがあります。うぐいすや鮭や蜘蛛やセミに、誰かが教えてくれているとしたら、それが神様なのか、それとも何なのか? 妄想好きな私の想像でした。