俯瞰力について時間方向にも俯瞰

時間方向にも俯瞰

 80才過ぎでも、まだ現役のようなお年寄りがいます。私の周りでも、退職して名誉教授になられた方でそのような方がたくさんいます。いま、80才くらいより上の世代は、団塊の世代前の方々で、第二次世界大戦前後に生まれた方々です。厳しい環境で育った方々ですので、物事にも厳格な方が多いです。逆にいえば、いい加減な方はあまりいません。戦前の教育の名残を残している方々です。本来の日本人の生き方を知っている方々でもあります。それに比べて、いまは戦前の文化はどんどん失いつつあります。それは、すでに何度も書いているように、戦後GHQが行った政策にいまだに支配されていて、戦前の日本には決して戻れないような政策が強いられているからです。日本人本来の文化もグローバル化によりどんどん薄れていき、その隙間に西洋社会の文化がたくさん浸透してきており、衣食住がそうであり、教育や仕事もそうです。日本の文化を伝承しているお年寄りの教えは尊重しなければならないでしょう。薄れゆく日本の文化には、たとえば一年を通して四季に合わせた伝統的な行事があります。初詣やお盆などは、いまでも伝統行事として戦後生まれの若い人たちも経験していることかもしれませんが、節分、雛祭、お彼岸、端午の節句、お月見などは、すべてを毎年実施している人はむしろ少ないでしょう。

 ただし、ここではそんな衰退しつつある日本の文化を嘆くようなことを書くつもりはありません。みなさん、手紙を郵送で送ったことはありますか?懸賞や役所の返送ハガキは送ったことはあるかもしれません。最近は、年賀状も出さない人が増えています。私の世代は手紙やハガキを出すのは普通に経験した世代です。フォーマルに手紙を出す際には、「拝啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます」とか書き始めて、「敬具」で締めるのがしきたりでした。意味もよく分からず、「拝啓」、「健勝」、「敬具」などの単語を使っていました。それが、普通だったからです。でも、いまみなさんはそのような手紙を書くことはないでしょう。手紙を書くこと自体なくなり、もっぱら、メイル、さらにはLINEなどのSNSを使っているかと思います。私は前にも書いたとおり、LINEは使っていませんので、時代遅れの一人ですが、実はセキュリティー上使っていないといった方が正確です。私はもっぱらメイルで情報交換します。私より年配の方に送付することも時々あります。その際に、さすがに「拝啓」は使いません。大体は、「ご無沙汰していますが、お変わりありませんでしょうか?」とか「いつもお世話になっています」と始めます。

 いくら伝統や文化を重んじるといっても、馴染まない場合もあります。最近の若い方が、「拝啓」で始まるメイルをもらったら、ドン引きしてしまうでしょう。LINEでは、相手の名前をいちいち書くこともありません。この流れでメイルする若い人は最初に宛名を書かず、いきなり文章が始まるので、私はさすがに、本当に私宛によこしたメイルなのかと戸惑ってしまいます。メイルでは宛名は書くのがマナーかと思いますが、いかがでしょう? お年寄りも、若い人も、どっちもどっちなのですが、それぞれの世代に慣れたやり方で、ついつい作法のずれたことをしてしまうことはあるかもしれません。若い人には、場合によっては助言することはありますが、さすがに私より年配の方にはなかなか言えません。私の知っている80代の偉い先生は、文章に非常に厳格で、私が作った文章もよく校正します。ありがたいことと受け止めればそれで終わりですが、直されるところが、文章の主旨に関する部分というよりは、「てにおは」や形式(フォーマット)がほとんどです。極めつけが、メイルの文章にもかかわらす、「拝啓」、「敬具」を使用するよう修正されることがあります。送る相手にもよるかもしれませんが、学生に私から、メイルで「拝啓」と送ったら、先生どうしたの?と思われるでしょう。

 伝統は薄れてゆき、文化は移り変わります。昔の伝統・文化を継承するのは大切です。特に、縄文から受け継がれる日本人の文化・思想を失ってしまったら、日本は日本ではなくなります。「歴史・伝統を失った文明は滅ぶ」のは、自明の理です。ただし、新しい文化を頑なに拒んでいては、進化しません。日本人は何でも受け入れる、ある意味すごい才能を持っています。サイバー空間で繋がった世界では物理的・地理的な価値はなくなります。移動することなく、世界中の情報に触れることができる現在はつい20年前でも想像できませんでした。それを可能にしているSNSなどの便利なツールは最大限に活用して生きるのが現在の処世術であることは間違いありません。ただ、最低限のマナーには従った方がいいかと思います。メイルで、「拝啓」をしたり、逆に宛名を書かなかったりは、それぞれの価値観に基づくものではありますが、知っていてそれをしているのか、知らずにそれをしているのかでは違ってきます。残念ながら、私のメイルを校正した偉い先生はSNSの世界を知りません。「無知の知」を知るのが大切ですし、そのためにはサイバー空間の現代にあっても、時間方向にも気を配る(俯瞰する)必要があるでしょう。