好き嫌い
人には好き嫌いがあります。勉強が好き、勉強が嫌い。スポーツが好き、スポーツが嫌い。甘い物が好き、甘い物が嫌いなど。好きなことはいくらでも時間を忘れてやれますが、嫌いなことをやっていると疲れてきて眠くなります。嫌いなことをやらされるくらい、精神衛生上よろしくないことはありません。でも日頃、好きなことばかりやれば生きていける人は、そんなにいません。単位を取らないと留年する。受験勉強しないと大学に受からない。私の身近にいる学生もそれを経験しています。好きでやっているのか、嫌いなのかはよくわかりません。なぜそんなことをやらなければならないのか? でも、この問いは愚問です。なぜならば、本人が一番よくわかっているはずだからです。他人に頼ろうとしても、入試は自分で受験するしかありません。試験も自分で受けるしかありません。
でも、大学に行かなくても、立派に活躍している人はたくさんいます。その気になれば、プロ野球選手でも、芸術家でも、小説家でも、ゲーマーでも、YouTuberにでもなれるチャンスがある時代です。これらで活躍している人の方が、遙かに収入は多いかもしれません。別にこれらにならなくても、社会で活躍している人はたくさんいます。それでは、何で大学に行こうを思ったのか? 医者になる、弁護士になる、と思った人は大学に行かなければならないでしょう。先生になりたいと思った人もそうです。国家試験や教員免許を受験するための資格を取らなければなりません。それでは、それ以外の人はどうか? 工学部、理学部、農学部、文学部、経済学部などに入学しても、特に国家試験の資格が取れるわけでもありません。では、何でそんな学部に入学するのでしょう? それは、エンジニアになりたい。研究者になりたい。いい会社に就職したい、という夢があったからではないでしょうか?
でも、せっかく大学に入っても、あいにく、うつになって引きこもったり、単位を落としたりして、留年したり退学したりする学生が増えています。少なくとも、大学に入学したときは、晴れ晴れした気分で入学しているはずです。でも、うつになってしまうには、何かしらきっかけがあるはずです。一つの要因としては、大学の授業にそもそもついていけない状況です。では、なぜついていけなくなったのでしょう? 大学に入学した時点では、みなさん大体同じ学力のはずです。それなのに、講義でついていけなくなる。たまたま学力以上の大学に受かってしまった? それでは、学力とはいったい、何なのか? みなさんの持っている脳ミソの重さや大きさは人間である限り、ほとんど同じです。それにもかかわらず、学力に差が付いてしまう。それはなぜか?
その理由は意外と単純でしょう。それは、それを好きでやっているか、そうではないか、程度かと。それでは、なぜ好きになれないのか? それは、それ自体が好きでない以上に、それをやる目的があいまいになっているからでしょう。大学に受からなければならない、医者になりたい、弁護士になりたい、と思えば、それが強固な目的になり、それに至るための関門は必死でクリアしようと思います。でも、いい会社に就職したい、だけではどうもモチベーションが上がりません。まして、いい会社に就職する目的が、高収入であればまだいいのですが、いい会社に入って、周りからチヤホヤされたい程度の動機では、そこに至る関門に信念と熱意を持って立ち向かうことは、なかなかできないかもしれません。なんとなく、周りに流されて大学に入ったものの、その先に確固たる目的がないと、ちょっとしたことがきっかけで、負のループに陥ってしまう恐れがあります。
自分はいったい、本当は何がやりたいのか? 周りに惑わされることなく、常に自分に問い掛けながら生きていくことで、若いうちならば、いくらでも人生の方向修正はできるはずです。それが大学ではなく、別の新天地を目指すことになったとしても。ただ、それには勇気が必要です。自分のことを言うのもなんですが、私は趣味と仕事(研究)が完全一致していたので、今の仕事を40年近く、幸い、楽しく好き勝手に続けることができました。ちなみに私の趣味は、シミュレーションゲームです(でした?)。