好きこそ物の上手なれ
アイツの方が頭がいい、アイツの方が金を持っている、アイツの方が出世した、アイツの方がモテる、アイツの方が背が高い、アイツの方が話がうまい、アイツの方がいい大学を出ている、アイツの方が、アイツの方が、・・・。世の中、自分より優れたアイツが周りにたくさんいるのではないでしょうか?どうしてそんなにアイツが気になるのでしょう?残念ながら、それは人間の本能だからです。避けることはできません。食欲、性欲、睡眠欲、出世欲、承認欲、・・・。たくさん欲があります。これらみんな、本能から来ています。仏教では、これらはすべて「煩悩」です。煩悩は百八つあるとされています。この煩悩を一つずつなくしていくのが、修行です。修行僧ではありませんから、普通の人はそもそもなくすことは不可能です。したがって、我々は煩悩の塊のようなものです。煩悩とうまく付き合っていくしかありません。
自分しかいない世界を想像してみてください。楽しいでしょうか?アイツがいないから煩悩も減ります。出世する必要も無い、他人と比較することもない。でもそんな世界で、食欲、性欲は出てきますでしょうか?人は生まれながらにして、他人と接します。母親と接し、父親と接し、兄弟と接し、親戚と接し、友だちと接し、そしてまた新しい家族と接します。「人間」は一人では人間ではありません。二人いて初めて人間です。人間は一人では生きていけないわけです。他人と接することで、自分が相対的に位置づけられます。そこに、他人との比較が生まれます。お互い、尊重しながら共存すればいいのですが、ついつい、優劣をつけてしまいます。自分の方が優れていると思えればいいのですが、自分の方が劣っていると思ってしまうと、そこに劣等感、妬み、嫉妬、いわゆる「ルサンチマン」が生じます。なにクソと思える人ならばいいのですが、挫折感から、メンタルに支障を来してしまう人もいます。
お釈迦様は、「人間の欲望はヒマラヤの山を黄金に置き換えても、満足することはない」と仰ったとされています。たとえ、あの人より優れていると思っていても、周りをみれば、自分より優れた人はまたすぐ見つかります。周りにはたくさんいます。それでは、自分より優れていると思える人は,本当にその人も自分が優れていると思っているのでしょうか?出世欲、承認欲は本能です。そして、煩悩です。辛い修行を成し遂げた高僧ではありませんから、みんな煩悩を抱えています。たとえ、自分より優れていると思える人も、必ず煩悩を抱えています。自分だけ煩悩を抱えていると思っていること自体、馬鹿馬鹿しく思った方がいいでしょう。そのようなことで悩んで、メンタルを傷つけて、時間を無駄にしてしまうのは、本当にもったいないことです。
それでは何をすればいいか?それは自分を磨くことです。他人より劣っていることを補っても、他人に追いつくことに時間を費やすだけです。周りには他人がたくさんいます。劣っているところはたくさん見つかります。そうではなくて、他人が持っていない自分の価値観を育てましょう。趣味でも特技でも何でも、自分の絶対的な価値感を身につけましょう。自分の特技をさらに伸ばす。もし特技がないならば、これから探せばいいだけです。1万時間やれば、特技になると言っている人もいます。そこまでやらなくても、まずは、3,4年続けるつもりで気長に構えて、やってみてはいかがでしょう?その際に大切なことは、好きなことをやることです。好きなことならば、苦にはならないでしょう。「好きこそ物の上手なれ」です。そしてその趣味・特技が身についたと思えたとき、改めて他人と比較してみてください。劣っているところなど、そんなに気にならなくなるはずです。その瞬間、煩悩が一つ減ります。