回想録国語が嫌いだった趣味と勉強

国語が嫌いだった

 大学生以前の話を書くのはこれが最初かもしれません。特に変わった児童、生徒ではなく、いわゆる在り来たりの子供でしたが、典型的な理系人間だったことは事実です。小学生の頃から、理科が大好きで、市の教育委員会が主催している夏休みの自由研究で、二度ほど入賞したこともあります。ひとつは、アゲハ蝶が卵から成虫になるまで観察した日記で、もう一つは、父親が親戚からもらってきた顕微鏡で、プランクトンを観察した日記です。一方で、国語がとにかく大嫌いでした。というよりは、テストで全然点数が取れませんでした。漢字を覚えるのが苦手でしたし、選択肢問題の選択がどれを選んでいいかわからないほど、苦手でした。結局、これが大学受験にまで災いしてしまい、せっかく数学と理科で稼いだ点数が、国語で相殺されてしまいました。英語も苦手で、当時すでに共通1次試験が始まっていましたが、その2次試験が数学と理科だけだった、今いるところを選んだ次第です。今は当時と違い、英語もあって学生のレベルも比べものにならないくらい高くなっています。

 いまから思えば、国語ができなかった理由は明白で、読書が嫌いでした。家にある本といえば、百科事典が飾ってあったくらいで、それを見ることもなく、かといってマンガが好きだったというわけでもありません。本を最後までまともに読んだ記憶がなく、学校で宿題に読書感想文を書かされるときは、だいたい本の最初と最後の数ページだけ読んで、苦し紛れに提出していました。本を読む時間があったら、何かいじくったり、作ったり、壊したりしている子供でした。あとはテレビを漠然と見たりとか。特に、プラモデルを作るのが好きで、当時はセメダインで接合していましたが、いつの間にかセメダインの匂いまで好きになっていました。いまでいうレゴのようなブロックで飛行機のようなものを作って、妹相手に戦争ごっこをしたりとか。中学に入ると、セメダインが、はんだに変わり、トランジスタ、コンデンサ、抵抗などを電子部品屋で買ってきて、簡単な電子回路を自作するようになり、今度ははんだの匂いが好きになってしまいました。ステレオを自作したこともあります。回路は真似でしたが。

 高校に入って、古文と漢文が国語に追加され、憂鬱な時間が増えました。何がそんなに楽しいのか、先生の話を聞いていてもさっぱり理解できませんでした。肯定なのか否定なのかよくわからない古文、漢字だらけの漢文、読んでも文意がつかめない国語。それでも、大学生になり、幸いその呪縛から解放されて、結局、論文は読むけど、小説などはほとんど読まず、つい最近まで生きることができました。ただ、時事ネタやノンフィクションなどの書籍は嫌いではなかったので普通に読んではいました。一方で、書くのは昔からなぜか好きでした。

 そんな状況に転機が訪れたのは、先にも紹介しましたが、2年ほど前に地下鉄で読書するようになったことです。一日約1時間の読書が私を完全に変えました。最初は手当たり次第にいろいろなジャンルの本を読んでいたものが、最近は日本の歴史にハマり、現在は縄文時代の解説書に夢中です。この辺の話はまた別途したいと思いますが、読書の重要性を今頃になって感じています。ちょっと遅すぎですね。それにつれて、書くことにさらに生き甲斐を感じます。書いているとドーパミンが分泌されているのを感じます。嫌いだったことが好きになるとは、本当に不思議です。