八卦
八卦(はっけ)という言葉は聞いたことがありますでしょうか?そんなの知らん、かもしれませんが、実はみなさんよく聞いている言葉です。大相撲で行司が、「はっけよい、のこった」をいいます。これは漢字にすると、「八卦良い 残った」になります。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉も聞いたことがあるかと思います。占いで使われる言葉です。もともと、八卦とは、易経に由来する言葉です。易経では、易の基本的な概念を8つに分類しています。さらに、それらを重ね合わせて六十四卦にも細分化しています。易はいまでは、占いと同義に扱われていますが、もともとは、神羅万象の法則が陰と陽の組み合わせですべて説明できるとされるものです。先に紹介した易経にある私が好きは諺、「窮すれば変ず、変ずれば通ず」も何となく、陰から陽へと変化する過程に繋がります。
易経は、四書五経の中の五経を代表する一つの書物で、中国では政治家になる上で、必読の書物のようです。その発祥に興味を持ちましたので、少し調べてみたところ、易経をまとめたのは、神話上の帝王とされている伏羲(ふくぎ)、その解釈を記したとされる文王(ぶんおう)と周公旦(しゅうこうたん)、そして孔子が集大成したとされています。文王は周王朝を創始した武王の父親、周公旦は文王の四男で、武王とは兄弟です。私が興味を持ったのは、易経の起源に周王朝が関係していることでした。先に書いたように、周王朝は、「倭人」が建国したといまの中国でも定説になっています。そんな倭人のルーツについて、また手がかりになりそうな事象を見つけたように思います。
そんな倭人が、最初に唱えたのだろうとされる八卦、六十四卦が、大相撲の行司の掛け声になっている。なぜだろうと思いませんか?相撲は神事の一つとして知られていますが、その歴史は平安時代以前まで遡ります。さらには、古事記の中に、出雲の国譲りの一場面として記されています。高天原から天照大神の命で、出雲にあったとされる葦原中国を平定するため派遣された建御雷神(たけみかづち)が、葦原中国の建御名方神(たけみなかたのかみ)と取っ組み合いをしたのが相撲の始まりであるとの説があります。この辺から神事につながったのでしょうか?また、旧約聖書には、ヤコブと天使が夜通し取っ組み合いをしたが天使は勝てず、その結果、イスラエルの地を与えた、その時の取っ組み合いが、実は相撲の起源だという説もあります。
何が起源なのかはさておき、倭人のルーツについてはこれからも探求していきます。八卦について書かれている易経にも興味を持ち、易経自身ではありませんが、易経を解説した本を2冊ほど読んでみると、いずれも、六十四卦について、それぞれ一つずつ説明されていました。ただ、あまりにも冗長だったので、エッセンスだけを読み解けば、言わば、人生は陰と陽の繰り返し。言い換えれば、浮き沈みを繰り返す人生を如何に生きていくかという指南書のような本?かと。失敗は成功のもと。奢れるもの久しからず。七転八起。人生塞翁が馬。これらいずれも、陰と陽の繰り返し?流行り物は必ず廃れる。菜根譚にある、「伏すこと久しきは飛ぶこと必ず高し」もまさに、陰から陽への転換。辛いことがあっても、耐え忍んで時を待てば、いずれ必ず明かりが差してくる。
いま、陰な時間を過ごしていると感じているみなさん。いずれきっと、陽の時間がやって来ると信じて過ごしましょう。ただし、陽の時間になって油断していると、また陰の時間に逆戻り、ということかと。
