人生について価値観について処世術について

何のため?

 「星の王子さま」は、みなさん子供の頃に読んだことがあるのではないでしょうか。有名な童話です。恥しながら、私はまともに読んだ記憶がないので、通勤がてらに、iPad miniで最近、読んでみました。その中に、酔っ払いの星で、星の王子さまが酔っ払いに会い、何で酒を飲んでいるのか聞いた話がありました。すると、酔っ払いは、恥ずかしいと思っていることを忘れるため、と答えました。星の王子さまは、何で恥ずかしいのか聞いたところ、酒を飲むのが恥ずかしいから、と答えました。おっと、なんだこれは、と思ったのですが、よくよく思えば、似たようなことは周りにたくさんあるように思います。何のために大学に行くのか、それは大学に行くため。こんな感じのことです。

 何のためにその会社に入るのか、それはその会社に入るため。何のため、医者になるのか、それは医者になるため。何のため、議員になるのか、それは議員になるため。何のため。そのため。回答がおかしいのか、質問がおかしいのか。理解不能に陥り、それ以上の話が続きません。回答がおかしいことはわかりますが、質問自体も愚問なのでしょうか。何のためにその会社に入るのかと聞かれれば、「その会社に入るため」では回答になっていません。その会社が好きだから、とか、その会社で何がしたいから、とか答えるのが本来の回答です。でも、現実的には、その大学に入学、その会社に入社すること自体が目的になってしまっているため、そんな人は質問には即答できないでしょう。

 それでは、何のために生きるのか、と聞かれたら、みなさんはどのように答えますか? たとえば、子供や妻のためと答える人もいるでしょう。そんな人は、思いありのある人です。世の中のために生きる、と答える人は、正義感のある人でしょう。利他のために生きる精神は、日本人がいにしえから本能的に身に着けている精神です。でも、そもそも若い人は、何のために生きているのか、などまだ考えたこともないでしょう。そんなもの考える必要もないと思うかもしれません。でも、いろんなことで、辛い、しんどいと思い悩んだときに、ネガティブ思考になってしまい、何のために生きているのか、わからなくなる若い人もいるでしょう。

 私も、何のために生きているか、と聞かれたら、すぐに返答できません。人のため、世界のため、に生きているなど決して言いませんし、そんなつもりもありません。強いて言えば、自分のために生きている。死にたくないから生きている、からと。一神教を信仰する人たちは、神様のために生きている、もしくは、神様に生かされている、と答えるのでしょう。結局のところ、何のために、大学に入り、会社に就職して、相手と結婚して、子供を育てるのか。それらすべて生きるため、だったりします。そんなもの考えずに、川の流れに身をまかせて生きるのが、一番楽なのかもしれません。でも、その川がその先、地獄に向かっている恐れもあります。やはり、何のためにこれをする、という問いかけは、たとえ答えが得られなくても、常に問い掛けながら生きていくのは、処生術の一つかと、私は思います。