ロレックス?の腕時計回想録

ロレックス?の腕時計

 昔、N先生がおりました。世界的にとても有名な先生です。その先生を、D先生が三顧の礼で我々の組織に教授として招き入れました。それから、我々の組織は急速に変貌を遂げていきます。地下鉄東西線ができるはるか昔、私がまだ博士課程の学生の頃、私は青葉山まで市バスを使って通学していました。とあるバス停から乗ってきた人が、いきなり女性の隣に座って大声で話し始めるではないですか。おまけに話している話の内容がこちらまで聞こえてくるのですが、アメリカでどうのこうのとか、でかい声で。この大ほら吹き野郎と思っていた、その人がその後、N先生であることを知りました。我々の組織に来ましたので。スタンフォード大学にも籍を置いていた先生ですから、あれはホラでもなんでもなく本当のことだったのが後でわかりました。

 偉い先生というのは、一癖、二癖あるのが普通ですが、N先生は三癖くらいありそうな先生で、敵も多いことをいろいろ聞きました。でも、D先生が招き入れたことを、退職するまで恩義に感じていました。D先生の弟子である私に対しても、冗談かどうかわかりませんが、おとうと弟子だなと言ってくれていました。ホラ話に聞こえる話を大きな声で話しているので、多分毛嫌いしている人も多くいたかもしれませんが、私に対しては、見かけによらず、人情味のある親分肌の先生でした。そもそも、そんなに世界的に有名な先生が、私のような若造に、友だちのように話をするのなど、ありえないと思えるのに、たいへん親しく接してもらいました。結局、私が結婚するときの主賓をお願いして、スタンフォードに留学する際も、先方のM先生とじかに交渉してもらいました。

 逸話はたくさんあるのですが、後世に語り草になっているものの1つが、ロレックス?の腕時計です。私が自宅のアパートで洗濯しているときに、突然電話がかかってきて、「いまからロレックス買うから来いや」と。ロレックス?私でもロレックスは超高級時計で、数十万円するのくらいは知っていましたが、とにかく呼ばれて行かないわけにはいかないと、急きょ洗濯を止めて、タクシーで、指定されたホテルまで駆けつけました。ホテルでN先生にお会いすると、そこの店に売ってるから買おう、ということになり、いかにも雑貨屋のようなホテル内にあるお店に入りました。そして、「これ」と指さした先の時計を見ると、確かにロレックスのような時計がありました。が、どうもロレックスとは書かれておらず、ちょっとあやしい時計でした。値段を見たところ、2000円でした。「中身はみんなセイコーだぞ」と、二人で同じ時計を、2000円で買いました。

 その後、N先生はしばらくつけていたようですが、私はちょっとはずかしくて、しまっていました。何度か時計のことを聞かれたようにも思いますが、たしか「いい時計ですね」とか言ってごまかしていたように記憶しています。しばらく経って、時計のことも忘れかけていたとき、ふと時計を見ると、止まっていました。さて電池を取り換えなければならないのかと思い、すこし調べてみたところ、特殊な器具を使うため自分では交換できず、かといって、時計屋で交換してもらうのもはばかられて、それでこの話は終了いたしました。