仙台再発見日記

六芒星の杜、仙台

 いまの国分町通が奥州街道だった話は、前回書きました。その奥州街道が、南北方向に対して左に15度傾いています。本来ならば、京都のように南北に平行して造ればいいものを、何で15度傾いているかには必然性がありました。伊達政宗が仙台城下町を造る際に、六芒星の中に埋め込んだ話は有名ですが、私もそれを検証してみました。青葉城跡に仙台城の本丸がありました。その北東方向には、仙台東照宮があります。これは、徳川家康が日光東照宮を建てたのと同じく、鬼門とされる北東の方向を封じ込めるためでした。六芒星は、二つの正三角形の組み合わせから出来ています。それぞれの正三角形の頂点に、仙台城本丸と仙台東照宮を配置しました。そして残りの頂点に、東昌寺、大崎八幡宮、愛宕神社、榴岡天満宮が配置されています。詳細についてはすでにたくさん書かれていますので、そちらに譲ります。明治になってから廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)のため、東昌寺に代わり隣に青葉神社が建立されたようですが、それらを正三角形の辺で繋ぐと、たしかに六芒星が現れます。

 必ずしも厳密な形ではないものと思われますが、北東の方向が東西方向から45度傾いていますので、小学校の算数?を使えば、青葉神社と愛宕神社を繋ぐ線は南北方向から左に15度傾きます。伊達政宗は、その線上に奥州街道を移動しました。仙台城下では奥州街道が西に大きくずれています。青葉神社の所では、北側の奥州街道は右に大きく迂回します。一方、愛宕神社の手前の広瀬川の所でも、南側の奥州街道は迂回します。奥州街道を六芒星の中に埋め込んだわけです。その奥州街道と定禅寺通が交叉する十字路が六芒星の中心になります。さらには、仙台城本丸と仙台東照宮の線上には、櫻岡大神宮も位置づけられています。よほど城や城下の守りを固めたかったのでしょうね。六芒星の頂点に位置づけられる神社はパワースポットとして知られています。でも、もしかしてもっとパワーがあるのは、六芒星の中心にある十字路だったりして。

 雪が降ったのでどうしようか迷ったのですが、モチベーションを高めるために、買い物ついでに写真も撮ることにしました。今日のお供は、LeicaのSummicron 50mm F2.0にしてみました。第1世代後期のもので、年齢が私とほぼ同じです。ヤフオクで競り落としました。10年以上前のことです。市場ではいまだ人気のあるレンズで、それなりの値段が付いていますが、私が競り落とした金額はウン万円程度です。例によって、10年以上お蔵入りしていましたが、α7にくっ付けてみました。さすがにLeicaのボディは高すぎて、私には入手不可です。いまだに現役として使えますので、Leicaの技術力には驚愕します。

地下鉄南北線の勾当台駅で降りて、定禅寺通に向かうと、定禅寺通の真ん中に遊歩道があって、そこに仙台を象徴するエミリオ・グレコの銅像「夏の思い出」があります。見た目寒そうでした。つい最近まで、仙台では有名な彫刻家である佐藤忠良の作品だと勘違いしていました。その夏の思い出の一つ先にあるのが、国分町と定禅寺通の十字路になります。向こう側からも写真を撮ってみました。何かパワーを感じますでしょうか?人がぶれて見えますが、これは単に急いでいるからだと思われます。写真の写りはといえば、天気が良くないので全体的に白っぽくなってしまい、特にこれといって特徴は感じませんが、遠くの文字が結構よく読み取れます。60年以上前のレンズとは思えない解像度です。また別の機会に取り直します。

 そうそう、カテゴリー「仙台再発見」を新たに設けました。